26. 静岡の特産品の歴史 履物の歴史 前田工業の歴史

2023.07.11

 

「Recipe」を生産・販売している前田工業株式会社は、静岡市にあります。

静岡市は、「履物」が特産品になっています。それは静岡の歴史に関係しています。

前田工業は、1921年に「八幡漆器店」として創業しました(当時の看板が現在も残っています)。

時代は江戸時代までさかのぼります。当時の都市名は駿府で、徳川家康公をはじめとする徳川家によって治められていました。大政奉還をした徳川慶喜公が余生を過ごした場所でもあります。

時の将軍が駿府にいたので、多くの職人が江戸・京都・大阪から駿府へ移り住みました。技術が移ってきました。 また、駿府のある駿河国は富士山に近く、豊富な木材が手に入るエリアでした。

優れた職人技術と豊富な材料から多くの製品が生まれ、静岡の地で現代まで受け継がれてきました。

家具、鏡台、下駄、仏壇といった木材加工に関連するものが特産品として多いです。

それらの製品には蒔絵が施されました。 漆工芸品もまた静岡の特産品です。

弊社の初代・前田直次郎(曽祖父)は、漆器店から事業を始めたと聞いています。お盆や下駄に蒔絵を施した製品です。

2代目の前田栄一(祖父)は、サンダルの生産を行いました。戦前や戦中は、下駄を作っていたわけですが、下駄は木材を削り、鼻緒は布を切って縫うという工程で作られ、部材同士を接着する工程がありません。これは接着剤がなかったためで、正確には「大量生産ができなかった」ためです。戦後昭和27年、静岡に接着剤を量産する技術がもたらされました。その結果、履物は下駄からサンダルへと変化していきます。

化学製品であるPVC(塩化ビニール。合成皮革)をアッパー(上部分)にして、底は化成品のEVAスポンジ、それらを接着剤で貼り合わせることで、サンダルの大量生産が可能になりました。昭和30年代、静岡には、200程のサンダル組立工場。それに関わる加工場(ミシン工場、材料業者、内職など)を含めると、約1,000の事業所があったといわれています。

3代目前田信洋、私の父の時代から、工場では靴量産を開始しています。イタリアの靴工場を視察し、機械を導入して靴の生産を開始しました。同時に創業事業であるサンダルは、海外で生産する時代となり、韓国、インドネシア、中国と生産地を移動しました。

そして現在、静岡の履物関連の会社や事業所は10社以下となり、静岡市内で革靴を生産しているのは、前田工業のみとなっています。

高付加価値の製品を作る地域が、安価な製品を作ることは容易ではありません。

弊社は安価な製品から、高価な製品の量産に取り組んできました。その過程で、履物の技術はもちろん、物を効率よく安く生産する技術が育まれたのは間違いありません。その強みを活かして設計・生産しているのが、「Recipe」です。

祖父の時代のヒット商品は「品番253・ブランドGX」サンダルです。100万足以上販売したと聞いています。父の時代のヒット商品は「品番101・ブランドPENNYLANE」合成皮革靴です。こちらも100万足以上販売したと聞いています。現在の主力商品は、レシピブランドの品番204と267です。多くの品番が長く愛されるよう、生産・運営に努めていきます。

今のレシピは、父の時代に投入した機械を主に使っています。驚くことに、祖父の時代から会社ある機械を使い生産している製品もあります。日本の機械は、非常に長持ちします。

 

 

 

 

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